年配の人は、歯が抜けていることもあったりして、何を仰っているのかよく聞き取れないことが少なくない。
また、年配の人は、耳が遠くなっていることが多いこともあって、こちらが言っていることを聞き取ってもらえないことも少なくない。
お年寄りとの会話で苦労する要素の一つである。
だが、発音がハッキリしない人と耳が遠い人とであっても、長い間の馴染みの老人同士では、何の障害も無いかのように会話が成立する。
これはどういうことだろうか。
言うまでもなく、「会話」は非常にハイコンテクストな営みである。
話者は伝えるべきことのすべてを発話するわけではない。若者の「ヤバい」という言葉には極めて多様な意味があるが、どのニュアンスで用いられているのか、一々明示されているわけではない。それでも、若者同士は「ヤバい」をお互いに言い合って、ちゃんと会話が成立している。
また、聞く方も、話者の発声すべてを聞き取っているわけでも無い。伝言ゲームを試みるまでもなく、私たちは集中して聞いているつもりでも、相手の発する音声に関してはかなり適当にしか聞いていない。
別に年配の人でなくとも、会話は、その現象面だけを見れば、不完全な発信と不完全な受信との組み合わせでできている。
結局、会話というものは、相手のコンテキストを汲み取ろうとする、想像力を駆使した営為なのだ。
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