日本佛教学会の2026年学術大会に参加した。
今年は、愛知学院大学の名城公園キャンパスを会場としての開催。
「仏教と性/ジェンダー ――差別のない社会をめざして――」というテーマでの2年目。
事務局も担当しているので、正直言ってあまりゆっくりと発表を聞いていられなかったのは残念。会場に入っても、昼食を摂り過ぎて、血糖値スパイクで気絶したりしていた。
そんな中でも、いくつかの研究発表やコメンテーターのコメントを聞いて、色々と感じるものはあった。
特に、崔境眞(チェ・キョンジン)先生(名古屋大学)の発表は、興味深かった。「ジェンダーの外を生きる」というタイトルに改めての発表だった。
チベット仏教界では、比丘尼戒が不在であることに起因する、女性修行者に対する教育制度の制限などを起点とするもの。それに対する考え方の一つとして、「無関心」を内実とした「静謐」という考え方を提示された。
「巨⼤でかつ強権的な制度に対してそれに異議を唱えるのではなく、しかしその理不尽さに無⼒になるのでもない、⾃らが置かれた場所で可能な限りの宗教的実践と理想を実現していくという静謐な様式である。」
この考え方は、「出世間」という仏教の伝統と共通するものがあると言い得るのではないか。
近年、個人的には仏教の特質は「出世間」という考え方にあるのではないかと思い始めている。
仏教界とはいえ、その実体は世間の中で世間の手続きに従って進めていかざるを得ない。当然ながら、その手続きの在り方は世間の価値観に染まったものとならざるを得ない。
だが、仏教とは世間の外部にある「出世間」という世界観を重視する価値体系である。
「寂静」を究極のものとする仏教の価値観とも関係するものであろう。