2016年3月26日土曜日

【メモ】中国における出家者と生産

 「末法の会」(学生さんとの読書会)で、このような文に出会った。


師共慧綽種苣拾橡安貧無慼
(灌頂『隋天台智者大師別伝』T50,193b)
師(=智顗)は慧綽と共に、苣(=レタスのような野菜)を種へ橡(とちのみ)を拾ひ、貧に安じて慼(うれ)ひ無し。

 ちょっと驚いたのは、ここでは僧侶が生産活動を行うことを頭陀行の実践として積極的に捉えていることだ。

 仏教僧は元々は生産活動を禁じられていたが、托鉢がままならない中国に伝わってそれらが認められるどころか積極的に評価にされるようになったと聞いている。釈道安が「王法に依らざれば仏事立ち難し」と言ったのは、中国における托鉢の困難性を示すものとしても読み取れる。

 後になれば、「一日働かざれば一日食はざれ」等という言葉が出るようになるが、仏教伝来当初からではないはずだ。

 中国仏教において、生産活動が積極的に捉えられるようになったのは一体いつ頃のことなのだろうか。



 ま、仏教経済史の研究を探せば、こういうことを調べたものもあるのだろうけど。

 取り敢えず探し得たのは次のもの。

道端良秀「中国仏教経済における生産の問題」『印度学仏教学研究』32, 1968, pp. 64-67 (PDF)
 今のところ、これが思想にどのように影響するかまでは考えられていない。

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